「関東は背開き・蒸し」「関西は腹開き・地焼き」。鰻好きであれば、一度はこの説明を耳にしたことがあるだろう。たしかに間違ってはいない。しかし、東京で「関西風の地焼きうなぎ」と呼ばれているものを実際に食べ歩いてみると、店によって切り方も、器も、タレの濃さもまるで違うことに気づかされる。ひとことで「地焼き」と括ってしまうには、あまりに乱暴だと感じる。関東風も関西風の地焼きもできますというお店に出会うことも多いが、「果たしてこれは何風?寿司でいうならばカリフォルニアロール?」と思ってしまうことが多い。
東京では近年、この「地焼き」系のうなぎの人気が上がっているように感じる。ならば、その正体を丁寧に紐解いておきたい。今回は関東風と関西風の基本的な違いをおさらいしたうえで、地焼きうなぎがいかに地域ごとに多様であるかを見ていく。そして、東京の鰻好きが「関西風」という言葉でおそらく思い浮かべているであろう、名古屋うなぎにも迫ってみたい。
(おさらい)一般的に言われる関東風うなぎと関西うなぎの違い
まず、もっとも大きな違いは「蒸してから焼くか、蒸さずに焼くか」である。
関東風の工程は、さばいた後に竹串を刺して白焼きにし、いったん蒸し器で蒸して余分な脂を落としてから、タレをつけながら本焼きする。この「蒸し」の工程があるからこそ、関東のうなぎは箸で切れるほどふわとろに仕上がる。
一方、関西の「地焼き」は蒸しの工程を挟まない。さばいた後は鉄串を刺して白焼きにし、そのままタレをつけて焼き上げる。蒸さない分、皮はカリッと、身にはしっかりと脂が残り、香ばしさが際立つ仕上がりになる。関東のふわとろと関西の香ばしさ。この対比こそが、両者を語るときの最大公約数的な理解だろう。
もうひとつの違いとして語られるのが「さばき方」だ。関東は背中側から包丁を入れる背開き、関西はお腹側から包丁を入れる腹開き。これについては「武家文化は切腹を嫌うため背から開く」「商人文化は腹を割って話すことを尊ぶため腹から開く」という通説がある。この真偽については、関東でなぜ「蒸し」の文化が根付いたのかという話とあわせて、別コラムで改めて掘り下げてみたい。
ただし、ここで一つ整理しておきたいことがある。東京で「これは関西風だ」と語られているうなぎの多くは、実はさばき方の違いではなく、「蒸すか、蒸さないか(地焼きか否か)」の違いを指して言っていることがほとんどだ、という点である。
地焼きのバリエーション(さばき方・切り方・器・タレ)
「地焼き」とひとくくりにされがちだが、浜松、岡谷、名古屋(中京地区)、大阪、福岡柳川など、産地が変われば表情もまるで変わる。まずは、地焼きうなぎを比較するうえでの着眼点を四つに整理しておきたい。
さばき方:背開きか、腹開きか
切り方:胴体を中央で二分する「半身切り」、1尾を3〜4等分する「広幅短冊」、幅3〜4cm程度の「名古屋型短冊」、ひつまぶしに見られる幅0.8〜1.5cm程度の「極細短冊」
器:重箱、丼、櫃(ひつ)、せいろ
タレ:その土地に根付いた醤油ベースをどう調整するか(辛口醤油、ねっとりとした甘口、たまり醤油など)
この四つの軸を頭に入れておくと、各地の地焼きうなぎの個性がぐっと見えやすくなる。それでは、実際にエリアごとに見ていこう。
東西の境界線:浜名湖(浜松)と諏訪湖(岡谷)に見るハイブリッドな地焼き
まず面白いのが、東西の境界に位置する浜松と岡谷である。この二つの街は、江戸の文化と地域固有の文化が混じり合った、いわば「ハイブリッドな地焼き」を今に伝えている。
浜松のうなぎは、関東風と地焼きが混在しているのが特徴だ。しかも比率で見れば関東風のほうがやや多い。背開きと腹開きも混在しており、はっきりとどちらか一方には割り切れない。タレは関東風らしい切れのある醤油でさっぱりとしており、地焼きの場合の切り方は広幅短冊、器はお重が主流である。浜松で早くから養殖が始まったことを考えれば、江戸の文化、静岡の文化、そして名古屋の文化が、この地でゆるやかに混ざり合っていったのだろう。「パリっとさっぱり」が浜松うなぎという印象がある。

一方、岡谷は川魚料理の文化に江戸の調理方法が流れ込んだ土地だと考えられる。さばき方は関東と同じ背開きの地焼きだが、もっとも特徴的なのはタレだ。山の幸である川魚を甘露煮にするような、水飴を思わせるようなねっとりとした甘さを持つタレが用いられる。切り方は広幅短冊か半身切り、器はお重。山あいの淡水魚文化の土地に、関東から鰻の調理技術が入り込んだ結果と見るのが自然だろう。

※東西の境界線をめぐるさらに詳しい考察は、過去のコラム「諏訪湖は東西鰻の境界線」に譲りたい。
西日本各地の独自スタイル(名古屋うなぎ・大阪うなぎ・福岡柳川うなぎ)
境界地帯を抜けて西へ進むと、それぞれの土地の食文化を色濃く反映した、独自性の強いうなぎが姿を現す。
名古屋(愛知・三重・岐阜)は、丼に短冊状に切られたカリッとした鰻を盛る。たまり醤油によるこってりと濃厚なタレが特徴で、切り方は中京エリア特有の幅3〜4cmの短冊、器は丼が基本だ。ひつまぶしも同じ濃厚なタレを用いるが、こちらは極細短冊にしてお櫃で提供される。

大阪は、ご飯の間に鰻を埋め込む「まむし」の文化を持つ。ご飯の中で蒸されることから「まむし」と呼ばれるようになったと思うのだが、諸説あるようだ。ご飯に埋まっているため、見た目にはお重の上に鰻が乗っていないケースも珍しくない。切り方や器はさまざまだが、広幅短冊でお重に盛るスタイルが主流に思われる。焼き方は頭をつけたまま地焼きにして、さばき方は腹開きだ。

福岡柳川は、背開きで地焼きにした鰻を、ご飯と一緒にせいろで蒸し上げるという独自の文化を持つ。切り方は広幅短冊と名古屋式短冊の両方が見られ、提供はせいろが基本となる。錦糸卵が乗っているのも特徴的だ。福岡柳川へ訪れると、鰻屋の密集度合いに驚かされる。パンフレットがあるほどのうなぎの街であるが、他の鰻の調理方法とは全く異なるものである。

東京独自?関東で根付いた『背開き・半身・重箱』の地焼きスタイル
さて、ここで改めて東京の地焼きうなぎに目を向けてみたい。東京で提供されている地焼きは、背開きが大半を占め、切り方は半身切り、器はお重というスタイルが中心である。これは先に挙げた浜松の地焼きうなぎスタイル(背開き・広幅短冊・重箱・辛口ダレ)にもっとも近い形といえる。浜松うなぎとは切り方が違う。
つまり、東京で「地焼き」として提供されているうなぎは、大阪や名古屋の地焼きをそのまま移植したものではなく、実は東京という土地で独自に育まれたスタイルなのだ。この事実は、案外知られていないのではないだろうか。

関西風の代表格 名古屋うなぎ 東京人が求めるカリッとしたうなぎ
ここまで各エリアの特徴を駆け足で見てきたが、関東風の柔らかさともっとも対極に位置するのが名古屋地区のうなぎである。香ばしさとクリスピーな食感、この二点において名古屋うなぎに勝るものはない。東京の人が「関西風のうなぎが食べたい」と口にするとき、その頭に思い浮かんでいるのは、おそらく大阪でも柳川でもなく、この名古屋うなぎなのではないかと私は考えている。
改めて名古屋うなぎの特徴を整理しよう。まず、名古屋という土地は鰻に限らず赤味噌文化の街であり、全体に味の濃さを好む傾向がある。うまものとうまいものを足したら、もっとうまくなるという足し算論理である。その食文化のなかで、鰻のタレもまた濃厚なたまり醤油をベースとしたものになった。
調理面では、頭は切り落として焼き上げる。切り方は幅3〜4cmの短冊切りで、これがもっともカリッとした食感を生み出す形状といえる。提供は丼が基本だが、ご飯の中にも一切れを埋め込んだ「中詰」という丼も存在する。これは大阪の「まむし」のように蒸らすことを目的としたものではなく、純粋に「もっとたくさんの鰻をガッツリ食べたい」という客の旺盛な欲求に応えた、名古屋らしいサービス精神の表れだ。大盛りだけど、乗せるところが無いからご飯の中に入れた、と言えよう。
そして、ひつまぶしはこの名古屋うなぎをベースとしている。ひつまぶしの美味しさの決め手は、このカリッとした食感と濃厚なタレの組み合わせにある。逆に言えば、柔らかい仕上がりのうなぎでは、ひつまぶしはひつまぶしとして成立しない。
おわりに:東京の洗練された江戸前に対し、地焼きの世界も千差万別
改めて整理すると、東京の地焼きは背開きが大半を占め、半身切りでお重に盛られることが多く、タレは関東風らしい辛口寄りである。しかし一歩地方に目を向ければ、地焼きの世界は千差万別だ。そのなかで、東京の人が漠然と「関西風」として求めているのは、実質的には名古屋うなぎである可能性が高い。
蒸しのふわとろに慣れた舌で、この濃厚なたまりダレとクリスピーな熱気を持つ名古屋うなぎをどう味わい、どう楽しむべきか。そして、これにどんな酒を合わせるべきか。その粋な作法とおすすめの名店については、『東京で味わう関西風(地焼き)うなぎの流儀|「待つ美学」を捨ててビールと熱気で喰らう名店3選 (地焼き 実践編」)』に譲ることにしたい。