鰻料理の串物といえば「肝焼き」が定番だ。鰻屋の暖簾をくぐれば大抵メニューにある、いわば不動のレギュラーである。だが、ごく稀に、ひっそりと「ひれ焼き(ひれ巻き)」の文字がメニューにあることがある。もし見つけたなら、それは笑みがこぼれる酒席になる予兆だ。迷わず頼んでもらいたい。(お店によって『ひれ焼き』と呼んだり『ひれ巻き』と呼んだりするが、本稿では『ひれ焼き』とする。)
私はひれ焼きが好きだ。肝焼きより好きだと言い切っていい。知名度では肝焼きに遠く及ばないが、肴としての格は引けを取らない。いや、むしろ酒好きの舌には、ひれ焼きのほうが刺さる。

定番の「肝焼き」も良いけれど、私は「ひれ焼き」を推したい
鰻の肝焼きは淡白で、ほろ苦さがある。あれはあれで好きだ。しかし、ひれ焼きはまったく別の顔をしている。脂のジューシーさ、噛むたびに滲み出る濃い旨味。同じ鰻の串とは思えないほどに豊かな味わいだ。
提供しているお店は少ない。東京の鰻屋をまわっても、ひれ焼きを置いているのはひと握りだ。だからこそ、出会えたときの喜びがある。希少であることは、肴としての付加価値でもある。
知られざる希少部位。ひれ焼きの魅力と「粋」な味わい方
ひれ焼きとは何か。鰻を捌く際に切り取られた背びれや尾びれを、くるくると串に巻いて焼いたものだ。1本の串に仕上げるには何尾分ものひれが必要になる。そのボリュームの少なさ、仕込みの手間を考えれば、多くの店がメニューに載せない理由もわかる。
見た目は正直、食欲をそそるとは言いがたい。細長く巻かれた、地味な串。しかし口に入れた瞬間、その印象は一変する。ねっとりとした脂と、凝縮した旨味が口中に広がる。思わず「お酒をもう1つ」と言いたくなる。見た目とのギャップが、この一串の最大の魅力でもある。
食感についていえば、小骨のようなトゲトゲした引っかかりもある。それゆえに自然とよく噛むことになるのだが、噛むほどに旨味が引き出される。この必然性から生まれる因果の構造がたまらない。そして箸が止まらないのではなく、盃が止まらなくなる、そういう肴だ。
最初はハードルが高く感じるかもしれない。しかし、お酒が好きな人間には、一度食べれば必ずわかる。これは間違いなく、酒呑みのための肴だ。かくゆう私も、以前は串物といえば、肝焼き一択だったが、今ではメニューにひれ焼きを見つけたときに思わずニヤリとしている。
なお、ひれ焼きにはニラを一緒に巻いたバリエーションもある。なぜニラを一緒に巻くのかについては諸説あり、臭みを消す、串に巻きづらい薄くて長いひれをまとめる、風味の調和といった説が語られる。ただ個人的な推察を加えると、もともとは嵩増しが発端ではなかったかという気がしている。ひれは量が取れない。1尾あたりのひれの量を考えれば、そこにニラを合わせて串を成立させるというのは商売の知恵として自然だ。もちろん真相はわからないが、そういった歴史的背景に思いを馳せながら食べるのもまた一興である。私はニラなしの純粋なひれ焼きが好きだが、ニラ巻きのシャキシャキとした組み合わせも悪くはない。
唎酒師が提案する、ひれ焼きに合わせたいお酒
ひれ焼きはジューシーで、脂の旨味がしっかりしている。日本酒と合わせるなら、大きく3つの方向性がある。
1つ目は、キレのよいお酒で一口一口に区切りをつけていく飲み方だ。クロールの息継ぎのように、ひれ焼きを一噛みしては盃を傾ける。辛口と言われるタイプの透明感のあるお酒が、口の中の脂をすっと流し去ってくれる。銘柄でいえば、山形県の亀の井酒造が醸す「ばくれん」、新潟県南魚沼の白瀧酒造「上善如水」あたり。
2つ目は、米の旨味がしっかりとした骨太のお酒と真っ向から合わせる飲み方だ。ひれ焼きの濃い旨味と、厚みのある酒とで兵対兵のようなヘビーなぶつかり合いを楽しむ。滋賀の「七本鎗」や、名酒「久保田」の醸造元・朝日酒造が蔵名を冠した「朝日山(あさひやま)」、あるいは山廃系のお酒などが候補になる。
そして、意外にも外せないのが、普通酒の熱燗だ。お品書きに銘柄も書かれず「日本酒」とだけある、あの熱燗。ひれ焼きは屋台の串焼きのような大衆的な側面がある。銘柄にこだわらず、ガサツに呑むのもまた乙なものだ。むしろそちらのほうが、この肴をもっとも活かす気がする。
都内で味わう!ひれ焼きの個性が光るおすすめ名店2選
ひれ焼きを提供する鰻屋は多くない。都内で実際に食べられるお店として、恵比寿の「登川」と雑司ヶ谷の「江戸一」を紹介したい。
恵比寿「登川」:初心者にも!下処理が丁寧なスタンダードな一本
ひれ焼き初体験には登川をすすめる。ヌメリが少なく、丁寧な下処理が施されており、ひれ本来の旨味が素直に感じられる。大将の人柄もよく、初めて食べる人にも安心だ。ひれ焼きとはどういうものかを、正しく知るための一軒といえる。
登川の探訪記はこちら。
雑司ヶ谷「江戸一」:度肝を抜かれる!特大サイズの絶品ひれ焼き
江戸一のひれ焼きは、とにかく大きい。他店では見たことのないボリュームで、食べ応えがありすぎてこれだけでメインが張れてしまう。初めて見たときは思わず笑ってしまった。それくらいのインパクトだ。ひれ焼きに慣れてきたら、ぜひ江戸一で度肝を抜かれてほしい。
江戸一の探訪記はこちら。
おわりに:ひれ焼きのある鰻屋を探す探訪の旅へ
ひれ焼きは、知る人ぞ知る、酒飲みのための肴だ。量は取れない、仕込みは手間がかかる、見た目は地味。それでも提供しているお店があるのは、職人のこだわりそのものだと私は思っている。そういう一串には、必然的に価値がある。
ひれ焼きに出会えるお店はまだある。探訪記のひれ焼きタグからも確認してみてほしい。
(いずれのお店も、いつも提供しているとは限らない。行く前には予約をお勧めする。)
もちろん、これらのひれ焼きとお酒を堪能した後に迎える、締めの鰻重が格別であることは言うまでもない。鰻が焼き上がるまでの贅沢な時間を、ぜひ楽しんでもらいたい。